湊かなえ「告白」の考察〜2つの救いある真実〜

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思想

※この記事は、湊かなえの小説「告白」、及びそれを原作とした映画のネタバレを含んでいます。ちなみにこの記事は小説を読んだ人、もしくは映画を見た人向けです。

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今更ながら湊かなえの大ヒット小説「告白」を読みました。「登場人物が全員クズである」とか「何の救いもないラスト」と言われ、内容には賛否両論の大ヒット作ですが、よくよく読んでみると「あれ、これ嘘なんじゃないか?」という奇妙な点が2箇所ほどあります。この2つのポイントに焦点を当て、告白のラストに実は救いがあるのでは、という読み方をしてみます。

さて、告白は「愛する一人娘を殺された中学校教師が、加害者である2名の生徒に復讐する物語」です。具体的な復讐として、教師が行ったのは以下の二つ。

1、エイズ患者である夫の血液を加害生徒二人の牛乳に混ぜて飲ませる。このことを間接的な原因として加害生徒Bは母親を殺し、自我を失ってしまう。

2、加害生徒Aが学校に仕掛けた爆弾を、Aの母親が居る場所に移動させ、加害生徒Aに起爆スイッチを押させることで母親殺しをさせる。

要するに「娘を奪われた教師」は「加害生徒に自分の母親を殺させる」ことで、「いちばん大事なものを自らの手で失わせてしまう」復讐を成し遂げます。
つまり、この話を文面通りに読めば、教師である主人公は「教育者」ではなく、加害生徒に恨みを晴らすだけの「犯罪者」となります。いくら娘を殺されたからといって、その行動はどれも擁護できません。

しかし、本当にそうでしょうか。
実は主人公の告白には大きな嘘があり「直接的な罪を犯していない」と読むことができます。もちろん娘の復讐をしたい気持ちは満々なのですが、その一方で、最後まで教師としての立場にこだわり抜いた葛藤を見てとることができるのです。
詳しく見てみましょう。

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1つ目の真実、最初から牛乳に血液は入っていない

作中、加害生徒のクラスメイトである美月が牛乳パックを秘密裏に検査し、血液が入っていなかったことを発見してしまいます。つまり主人公が「牛乳に血液を混入した」と言ったのは嘘で、その事実はなかった。しかし物語終盤での主人公の告白から、「血液は本当に混入したものの、主人公を尾行していた夫の手によって正常な牛乳とすり替えられた」ことが明かされます。

しかし、この証言をそのまま受け取ることは難しい。なぜかといえばこの夫、既にエイズに侵されてるうえ教育業界では有名人、そんな人間が勝手のわからない学校に忍び込み、誰にも見つからずに牛乳をこっそり新しいものに入れ替えることができるのでしょうか? どう考えても無理があるように思えます。つまり主人公は「自分が血液を混入した」ことを事実だと思わせるために、嘘をついているわけです。

では、なぜそんな嘘をつくのでしょうか? 真実がどちらだとしても、結果的に二人が飲んだ牛乳に血液が入っていなかったことは変わりません。

これは「命の重み」を加害生徒に味あわせるためだと考えられます。そのためには「実は狂言でした」と思われることは許されない。しかし本当に血液を混入するわけにはいかない。したがって主人公には、「実際には血液を入れていないが、本当に血液を入れたと思わせなくてはいけない」事情があった。
それが読者をも騙しきった第1章「聖職者」の真相だと考えられます。しかし美月が血液検査をしたことで(これも実際に行われたか怪しいですが)その嘘が破られてしまった。しかたなく主人公は、「夫が後から牛乳をすり替えた」という苦し紛れの嘘をつくことになったのです。

2つ目の真実、爆弾はAの母親の元に運ばれていない

この真実はもっとわかりやすいと思います。
物語最後のシーンで、加害者Aの仕掛けた爆弾は、主人公の手によってAの母親が居る場所に移されたことになっています。Aはそれに気づかず爆弾のスイッチを押し、最も愛した存在である母を自らの手で殺してしまうところで、物語は幕を閉じます。
しかしこの流れで時系列を追うとすぐにおかしなことに気がつきます。作中の告白を全て真実として受け止めると、以下のようになるからです。

始業式前日:Aが爆弾を学校に仕掛ける。告白をサイトに更新する。
始業式当日朝:主人公が爆弾を解除する。
始業式本番中:Aが爆弾のスイッチを押すが爆発しない。主人公からAへの電話。Aの爆弾が母親の元で爆発したことが告げられる。

まず、この時系列の突っ込みどころは、Aの学校から母親のいるK大学まで電車で4時間かかるという点。主人公が当日朝5時に爆弾を解除したとしても、K大学に再設置できるのはどんなに急いでも9時以降です。始業式といえば朝にやるものですから、だいたい爆弾のスイッチが押されたのが9時〜10時の間でしょう。あまりに時間がギリギリな上、主人公は爆弾を再設置している間、タイミングによっては自分も巻き込まれて死んでしまう可能性もあります。そんなことをするでしょうか?

そしてこれが最も重要なポイントですが、Aの爆弾は「一定温度以下であれば作動しない」「一定温度以上である場合に振動が加わることで作動する」という仕掛けになっています。当然、Aは始業式には一定温度以上となるよう調整をしているはずですから、主人公が爆弾をK大学へと運んでいる間に、爆弾は他の振動で爆発してしまってもおかしくないのです。ケータイのバイブレーション程度で爆発してしまう爆弾ですから、相当弱い調整になっている上、日付は9月1日、気温はかなり高いことが予想されます。こんな危ないもの、誰が運べるのでしょう?

したがって、主人公が本当に爆弾をK大学へ運んだのなら、朝に解除し運送するのはほぼ不可能、前日の夜、まだ爆弾が冷え切っている間にクーラーボックスなどで運んだと考えるのが自然です。しかしそうなると、なぜAに「朝に解除した」という嘘をつくかが不可解なのです。「朝に解除した」と言うことで、爆弾を運んだという真実味は薄れてしまいますから、本当は夜に運んだのなら「朝に解除した」という嘘をつく必要がありません。それなのになぜ「朝に解除した」とAに告げたのか。
答えは一つしかありません。
本当に「朝に解除したから」です。つまり爆弾は実際にK大学へは運ばれていません。すべてはAに命の重さを噛み締めてもらうために、主人公が仕組んだ狂言だと考えられます。

最終章のタイトルが「伝道者」の理由

このように考えると、最終章のタイトルが「伝道者」であることにも納得がいきます。主人公は亡き夫の意思を継いで加害生徒Aに「道を伝えた」のです。もちろんその伝え方は娘の死の復讐が入り混じったひどく歪んだ悪意あるものですが、それが完全な復讐ではなく教育的意義を含んだものであるということが「告白」の救いであるような気がします。

Aはこれから母との向き合い方を見直さざるを得ないし、母を失ってしまったBも姉が支える準備をしています。そして狂言の副産物として起こってしまったいくつかの悲劇は、主人公とA,Bがこれから背負わねばらないことでしょう。
その結末にはほんの少しだけですが救いがあるようにも読め、この物語をより重層的なものにしているのです。




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せかいかん
SEKAIKANs Magazine運営者。子育て中の20代男性。webマーケティング / 小説 / 現代思想 / 教育 / デザイン が専門です。
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